新たな「大都市制度」の創設や「地方分権改革」の推進に取り組んでいます

調査・研究・データ

「GIGAスクール構想」の先進都市・熊本市の取り組みとは
「教える」から「学びとる」へ タブレットを活用した授業改善

令和3年3月16日

(前文)
 全国の小中学生に1人1台のタブレットなどの端末配備を目指す「GIGAスクール構想」を国が掲げている。指定都市市長会を含む多方面が同構想の加速などを求める中で、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」が昨年4月に閣議決定し、2020年度中の配備完了へと前倒しされたことで、にわかに関心が寄せられている。それに先駆けて18年9月からタブレット端末を配備し、昨年4月の新型コロナウイルス拡大による緊急事態宣言下で、いち早くオンライン授業を導入した、熊本市の取り組みが注目を集めている。記憶に新しい16年の熊本地震からの復興を進める、人口約74万人の自治体の中で深化させてきたICT技術の導入による教育現場の前線を追った。

復興が進む熊本城を見学した熊本市立城東小の児童ら。タブレット端末活躍の場は教室に止まらず、郷土への関心も高めるツールとなる(同小提供)


【教材はユーチューバー】

 「さあ、それでは私の作品を紹介したいと思います」。編集点を意識した、児童の元気なあいさつから始まる動画は、小学5年生が図工の授業で作品発表用に制作したものだ。ビー玉を通す迷路の工作を紹介する映像は、タブレット端末の機能を駆使して、作品に寄ったり上から撮影したりするなど、カメラアングルにもこだわりが散見される。さながらユーチューバーのようだ。

 「撮り直し、やり直しが効くので失敗を恐れる子でも何回も挑戦できた。こんな一面があるのかと分かって私自身も新鮮だった」と同市立城東小の情報教育担当・柴田祥教諭が表情を崩す。

 「できないことが可能になる」(柴田教諭)のがタブレット端末導入のメリットでもある。道徳では、クイズ番組のようにクラス全員の回答が電子黒板に一堂に並び、お互いの考え方の違いや新たな発見を確認できる。端末が活躍する場は教室内に止まらず、体育のハードルの授業では、足の動かし方を友人に撮影してもらい、見本と自分の動きの違いを、動画と見比べながら確認するという。

 宿題はさらに「ニューノーマル」な世界が、展開されている。端末を家庭に持ち帰り、コロナ禍でできなくなった調理実習は、事前にまとめた工程通りに料理し、その様子を家族に撮影してもらい、動画や静止画で提出する。音読やリコーダーの練習も、同様に動画として提出する。親世代が経験してきた宿題とは、もはや隔世の感がある。

熊本市立城東小で展開される、より効果的な発表の仕方などを学ぶ4年生の総合学習の指導担当は6年生児童。培ったノウハウが継承され、ICT教育が深化されていく(同小提供)


【学校内での変化如実に】

 動画は他の学年にも共有され、経験が積み上げられる。同校では6年間を通じた端末使用を見据えた運用が児童・教師ともに平準化され、進級後にはその土台に上積みするカリキュラムが組まれていく。柴田教諭は「今の2年生が6年生になった時にどうなるかが楽しみ」と、その成長曲線を思い描く。

 万能のツールは、子どもたち各自の発言機会を担保し、大きな変化をもたらしている。手を挙げてクラス全員の前で発言しなくとも、意見をタブレットにまとめ、教師に送信する。理解しているのかいないのか、どんな考えを持っているのか教師側が即座に分かる。柴田教諭は「今までどう伝えたらいいか分からなかった子が、伝えたいという気持ちが大きくなってきた」と学習意欲の変化を肌で感じている。

熊本市の教育現場について、リモート取材で説明する(左から)市立城東小・情報教育担当の柴田祥教諭、熊本市教育センターの本田裕紀副所長、情報通信総合研究所特別研究員の平井聡一郎さん


【在校時間が20%削減も】

 恩恵は教員側にも及んでいる。同小学校ではタブレット導入前の17年度と導入後の19年度を比較し、教員の在校時間が約20%削減できたという。文書管理や職員会議などの準備、教材研究や授業準備の負担が軽減された、とする意見がそれぞれ7割を超えた。

 一方で、効率的なICT技術を前のめりに優先させるだけでなく、子供たちが自らの手でノートを取るといった従来通りの教育手法もおざなりにしない。そのため各自の習熟度に合わせて、端末使用の向き不向きを確認しながら授業の準備をしているという。さらにデジタル時代ならではの「落とし穴」についても心を砕く。例えば「著作権」について、出典元の表紙を撮影したり、引用元を表記させたりして意識付けをしている。「デジタルコピーが簡単にできてしまう時代。授業を離れれば人の権利を奪ってしまうこともある、と教えなければならない」と柴田教諭は強調した。



【「いつでもどこでも」を重視】

 昨年からのコロナ禍で日本中が学校も職場も急きょオンライン化を迫られた。熊本市ではその2年前の18年度から1人1台のタブレット配備を始め、その蓄積を生かしてオンライン対応が可能となった。全国的にも導入は着々と進んでいるが、家庭に持ち帰ることができる、児童・生徒が卒業するまで1台を所有する、教師にも1人1台配備される、といった点は特筆すべき取り組みである。

 一般的に学校の備品としてタブレット端末は、校外に持ち出すことを想定されておらず、Wi-Fiの敷設工事などを要することが多い。同市では学校内での使用に限定すること無く、スマホ同様の使い方ができるセルラーモデルの端末を導入したことで、「いつでもどこでもつながる」ことを重視した。家庭と連動する教育を可能にし、親子で端末を活用してもらうことで、子どもの学習内容を把握し、ICT教育への家庭の理解を浸透させる狙いも含まれている。

 なぜ、こうした先進的な取り組みができているのか。その背景には、16年の熊本地震があるという。熊本市教育センターの本田裕紀副所長は「当時は約1カ月、子どもたちの学びが止まった」と苦い経験を振り返る。その頃、ICT教育の導入水準レベルが政令指定都市20のうち19番目だった熊本市にとって、地震からの復興の担い手となるのは子どもたち。現状を重く見た大西一史市長が「未来への人づくり」へと大きくかじを切ったのだ。

電子黒板を前に自分の考えを発表する児童。従来の教師主導型だけでなく、自らが発信する「アウトプット」型の教育を通じて、主体的・対話的な学び、自ら課題を解決する「生きる力」の醸成を目指している。(市立城東小提供)

 これまで培ったタブレット端末導入のノウハウや、ICT教育指導員らが作った教材などはだれでもどこでもいつでも見られるよう、一般向けに公開されている。その姿勢には復興に向けて助けてもらった各地への「恩返し」という思いも込められている。



【つながりが生む効果】

 オンラインでつながる手段は不登校の解消の一助となっている。この正月には、連絡を取り続けてきた教師の端末に「今年もよろしくお願いします」と自筆のメッセージが届き、新学期からスムーズな登校につながったケースがあった。「子どもたちにとってつながる手段ができ、先生たちのやりがいにも結びついている」と本田副所長は確かな感触を得ている。

 世界中のどこにでもアクセスできるネット環境を持つ小学生の親にとって、「ユーチューブばかり見ている」と嘆く声は全国共通かもしれない。同市が貸与する端末は、最低限のフィルタリングをかけているが、学習用としてその機能をフルに活用できるようにしている。ただし、通信履歴や接続時間は学校側からも把握でき、端末を渡す際には保護者から同意書をとっており、端末をいわゆる〝渡しっぱなし〟にはしていない。

 本田副所長は「何のために持ち帰るのか意味を持たせれば、学校での授業と家庭や学校外での学習がつながり、より学習が充実する」と説明する。熊本での実践は、世界中から発信される、あらゆる素材が児童の知的好奇心を刺激し、教材にもなり得ることを示しつつあるようだ。

 震災や未曽有のコロナ禍に直面する現代は、先のことが見えにくい時代でもあるのかもしれない。その中で自ら課題を見つけて解決できる力、ICTやAI(人工知能)の力を借りて、やりたいことを実現できる「生きる力」を児童や生徒に身につけてほしい、といった願いが込められている。学習道具の一つとして端末を気軽に活用できる真の狙いがここにある。

 茨城県古河市でタブレット活用教育の普及を15年から進め、熊本市の導入にも協力した情報通信総合研究所特別研究員の平井聡一郎さんは「熊本市長や教育長をはじめ、何のためにタブレットを導入するのか、どういう教育をしたいのか、しっかりビジョンを持っていた」と評価する。

 21年度からは全国の各自治体でも1人1台のICT教育が進められていく。平井さんは「これから着手する自治体は、最初にどう活用するかイメージを持ち、そのビジョンをつくること。〝人を育てる〟ことに主眼を置いた熊本市の事例は参考にしてほしいし、そのヒントは公開されている」と強調する。その上で、「熊本市には将来的な課題にも取り組んでさらに道筋を付けてほしい」と期待を寄せた。



※指定都市とは
地方自治法で「政令で指定する人口50万以上の市」と規定されているが、実際には、概ね70万人以上の人口で、道府県と同等の行財政能力を有し、全国に20市が政令による指定を受けている。

○指定都市市長会について
指定都市市長会は、平成15年12月に、「指定都市の緊密な連携のもとに、大都市行財政の円滑な推進と伸張を図ること」を目的として発足した組織で、現在、全国20の指定都市で構成している。

主な活動として、各市の連携を図りながら、地方分権改革の推進や多様な大都市制度の早期実現に向けて、政策提言などを行っている。

指定都市市長会では、これまで、令和2年1月、令和2年5月とGIGAスクール構想の実現に向けた要請・要望を国に対して行っている。その中では、GIGAスクール構想の加速に係る支援や構想実現後における持続的な財政支援のほか、ICT支援員やGIGAスクールサポーターの1校1人配置等、「日常的にICTを活用できる体制」づくりのための人材の確保への支援等も盛り込んだ。

(c) 2021編集・制作=神奈川新聞社

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